糸日谷秀幸（いとひやひでゆき）公式ホームページ　健康コラム・日本史編

糸日谷秀幸塾【健康コラム・日本史編】
【目次】 ◆有名人の言葉 ◆神話と漢方 ◆昔話と民間療法 ◆温泉と藤原道長 ◆源頼光四天王と温泉 ◆修善寺温泉 ◆将軍の平均寿命 ◆松尾芭蕉と温泉 ◆草津温泉とらい病 ◆伊香保温泉 ◆山上憶良の病気 ◆温泉の歴史 ◆春日の局が考案した七色飯 ◆忍者の携帯食 ◆人類の進歩と食生活 ◆こけしの謎 ◆日本犬のルーツ	◆昔話と漢方 ◆温泉と聖徳太子 ◆藤原道長と糖尿病 ◆弘法大師の温泉 ◆武田信玄と温泉 ◆箱根七湯 ◆貝原益軒と温泉 ◆幕末の人物と温泉 ◆玉川温泉と岩盤浴 ◆天皇の病気 ◆日本人の平均寿命 ◆沢庵和尚と徳川家光 ◆初物７５日 ◆その後の昔話 ◆坂本龍馬の体格
◆　　有名人の言葉　　　　　　　　最澄の言葉径寸（けいすん）十枚、これ国宝に非ず。一隅を照らす、これ則ち国宝なり(山家学生式) 空海の言葉あなたの心が暗闇であるならば、出会うものはことごとく災いとなります。あなたの眼が明るく開かれていれば、出会うものはすべて宝となります。正しい道は、遠くにあるものではありません。あなたの心ひとつで、目の前に開かれるのです。源実朝の歌箱根路を　我が越えくれば　伊豆の海や　沖の小島に　波のよる見ゆいとほしや　見るに涙も　とどまらず　親もなき子の　母をたづぬる出でていなば　主なき宿と　なりぬとも　軒端の梅よ　春を忘るな西行の歌ねかはくは　花のしたにて　春しなん　そのきさらきの　もちつきのころ　（山家集）源平盛衰記の一文徳を以て人に勝つ者は栄え、力を以て人に勝つ者は亡ぶ夢窓疎石の言葉雲晴れて　後の光と　思うなよ　もとより空に　有明の月うつ人も　うたるる人も　もろともに　ただひとときの　夢のたわむれ吉田兼好の言葉一事をかならず成さんと思わば、他の事を破るをもいたむべからず、人の嘲りをも恥ずべからず。万事にかえずしては、一つの大事成るべからず(徒然草) 二つの矢を持つことなかれ。後の矢を頼みて初の矢になおざりの心あり(徒然草) 世阿弥元清の言葉初心忘るべからず(花鏡) 秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず(風姿花伝) 北条早雲の家訓一、朝はつねに早く起きるように心がけねばならぬ一、刀や衣装は他人のように、ことに立派なのをつけようとしてはならぬ一、わずかの時間でもひまがあるならば、何かの本で文字の書き記されているのを懐中に入れておいて、人目を遠慮しながら読めばよい一、上下万民すべての人々に対して、言半句たりともうそをいうようなことがあってはならぬ一、友を選ぶ場合、良友として求むべきは、手習いや学問の友である。悪友として除くべきは、碁・将棋・笛・尺八などの遊び友だちである一、文武弓馬の事については、武士たる以上、つねの道であるから、とくに書き記すまでもない武田信玄の言葉およそ戦というものは、五分をもって上とし、七分を中とし、十分をもって下とす。五分は励みを生じ、七分は怠りが生じ、十分は驕りを生ず。伊達政宗の言葉倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり。この世に客に来たと思へば何の苦もなし。朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし。元来客の身なれば好嫌は申されまじ。大谷吉継の言葉悲しいかな、名利なくしては人は動かず立花宗茂の言葉常々上は下を子のごとく情をかけ、下は上を親のように思うように人を使えば、下知をしなくとも思い通りに動くものぞ敗軍を討つは、武家の誉れにあらず徳川家康の言葉人の一生は、重荷を負うて遠き道をゆくがごとし、急ぐべからず不自由を常と思へば不足なく、心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし平氏を亡すものは平氏なり、鎌倉を亡すものは鎌倉なり勝つことばかり知りて負くることを知らざれば、害その身にいたる徳川吉宗の言葉おしなべて誉められる者にも善人は少なきものよ。半ば誉められ、半ば毀しらるる者こそ、取り所はあるなれ。葉隠の教え(山本常朝) 修業においては、これまで成就ということはなし士は己を知る者のために死す養生訓の教え(貝原益軒) 「養生というのは、生まれつき持っている天寿を保つ道である」「人生は、百歳をもって上寿とする」「たとえ財産が手に入ったとしても、多病で短命であったら何もならない」「およそ欲多きのつもりは、身を損ない命失う。欲を少なくすれば、身を養い命を延ぶ」「腹を立てずに欲を少なくして、生き残っている体を養うとよい」「むやみに薬を使って病気を重くし、死んでしまう者も多い。薬を使うことには、用心しなくてはならない」「すべての食、淡薄なるものを好むべし。肥濃、油なるもの、多く食うべからず」「食後には必ず数百歩、歩行して気を巡らし、食を消すべし」「酒もほろ酔い加減に飲めば、長生きの薬となる」二宮尊徳の言葉たとい一粒たりとも天地人の三徳によりて生ず大事をなさんと欲せば、小なる事をおこたらず勤むべし。小積りて大となればなり葛飾北斎の言葉天我をして十年の命を保たしめば……真正の画工となろう。良寛の言葉死ぬる時節には、死ぬるがよく候うらを見せ　おもてを見せて　散るもみじ吉田松陰の言葉妄りに人の師となるべからず、又妄りに人を師とすべからず。真に教うべきことありて師となり、真に学ぶべきことありて師とすべし月性の言葉骨を埋むるに、ただ墳墓の地のみあらんや、人間いたるところ青山あり西郷隆盛の言葉人を相手にせず天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽して人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。坂本龍馬の言葉世の中の人は何とも言わば言え。わが成すことは我のみぞ知る。山岡鉄舟の言葉名利のために学問技芸すべからず林忠崇の言葉真心の　あるかなきかは　屠り出す　腹の血潮の　色にこそ知れ琴となり　下駄となるのも　桐の運　福沢諭吉の言葉人生は芝居のごとし、上手な俳優が乞食になることもあれば、大根役者が殿様になることもある。明治天皇の歌大空にそびえて見ゆる高嶺にも　登れば登る道はありけり正岡子規の言葉禅の悟りとは、いつでもどこでも死ぬる覚悟ができることだと思っていたが、よく考えてみると、それは大変な誤りで、いかなる場合でも、平気で生きることであることがわかった。野口英世の言葉志ならずんば、再び故国の土は踏まず

◆　　神話と漢方(因幡の白兎) 　オオクニヌシには二人の異母兄がおり、兄貴二人はヤガミ姫という美しい女性に結婚を申し込みに出かけていきます。そのお供をさせられたのが、オオクニヌシでした。　一行が因幡の国(今の鳥取県東部)に向かう途中で、ワニザメに皮を剥がされて泣いている白兎を見つけます。心優しいオオクニヌシは「真水で体を洗い、蒲の花を敷いた上に寝転べば治りますよ」と教えてあげます。早速試してみると、本当に治ってしまいました。 Q 人が同じことをやったら、治りますか? A やはり治るのです　蒲の花というのは、蒲の穂のことで漢方生薬名を"蒲黄"といいます。フラボノイドを多く含み、炎症を抑える働きがあります。白兎は、ワニザメに皮を剥がされて皮膚炎を起こしています。蒲の穂の上に寝転ぶことで、皮膚炎が改善されたものと思われます。　その後、オオクニヌシの二人の兄は、ヤガミ姫に結婚を申し込みます。しかし、ヤガミ姫は、自分の結婚相手にオオクニヌシを選んでしまいます。めでたし、めでたし……といきたいところですが、何か一波乱ありそうです。　気に入らないのは、当然兄貴二人。そこで二人の兄は、オオクニヌシをイノシシ狩りに誘い出します。自分たちはイノシシを崖まで追い込むから、お前は崖の下で逃げてきたイノシシを受け止めろと指示します。そこでオオクニヌシは、崖の下でイノシシが落ちてくるのを待っていたのだが…。なんと落ちてきたのは、真っ赤に焼けた大石だったからたまりません。全身大火傷を負ってしまいました。 Q このまま死んでしまったら、正義の味方もない! それからどうなったのでしょうか? A そこで登場したのが、キサガイ姫とウムガイ姫。二人の献身的な介抱で息を復活させます。 Q キサガイ姫とウムガイ姫? A キサガイとは赤貝、ウムガイとは蛤。実は、この二つを使った漢方薬があるのです。　まず赤貝の殻を粉末状にします。それに蛤の煮汁を加えてペースト状に練るのです。それを火傷した患部に塗ると、火傷が治るのです。この処方は、地元では"八上薬"と呼ばれ、もちろん八上とは「ヤガミ姫」に由来します。そして、この漢方薬が再び注目されるのは1990年のことでした。 Q 1990年のこと? A この年、ロシアからコンスタンチン君という全身大火傷の少年が飛行機で北海道の病院へ運ばれました。その時、使われたのがユニチカが開発したベスキチンWという人工皮膚。これは何から出来ているのかというとカニ殻から作ったキチン・キトサンです。　キトサン研究の第一人者である鳥取大学の平野茂博教授によれば、「キチン・キトサンと八上薬とは、成分的には同種類のもの」であるということです。キチン・キトサンには生体親和性があり、皮膚から分泌されるリゾチームなどの酵素によって分解され、最後には皮膚に吸収されてしまいます。そこで抜糸の必要が無い手術用の糸にも使われています。最後に問題。 Q オオクニヌシが担いでいた袋の中身は何でしょう? A オオニヌシが大陸から渡ってきた渡来人の象徴だと仮定すると、袋の中には様々な漢方薬が入っていたのではないでしょうか。

◆　　昔話と漢方(桃太郎) 　桃太郎の話は、全国各地に似たような話が伝わっており、大正から昭和にかけて活躍した民俗学者の柳田国男氏なども桃太郎伝説について調査を行っています。　柳田氏や他の研究者によれば、桃が川から流れてきてお婆さんが拾う話は江戸時代に誕生したもので、それ以前は「桃を山から拾ってきてお婆さんが食べたら急に若返った。やがて妊娠して元気な男の子を産んだ」というのが、本来の話らしい。従って、桃太郎は桃から生まれたのではなくて、正しくはお婆さんが産んだというのが正解。しかし、他に果物が沢山あるのになぜ桃なのかが問題です。　桃の原産地は、中国の黄河上流。日本へは少なくとも弥生時代に伝わっていたと考えられています。現在、我々が食べている桃は明治時代に海外から入ってきたもので、上海桃の流れを汲みます。しかし、江戸時代まで日本で食べられていた桃は天津水蜜桃といい、先が尖っていて表面にはっきりとした割れ目が入っていました。つまり、桃太郎の絵本に出てくる先の尖った桃は、歴史的に見て正しいというわけです。　中国では、桃は"不老長寿の仙果"といい、孫悟空で名高い西王母の桃は、一つ食べれば数千年の寿命を授かる力があると言われていて、桃は「長寿の果物」として愛されています。　昔の桃、つまり天津水蜜桃は、今の桃と違ってスモモのように酸っぱかったといいます。おそらくクエン酸やリンゴ酸などの有機酸を多く含み、食欲増進や疲労回復効果があったため、「長寿の果物」に位置づけられたようです。　さらに桃は、漢方生薬でした。桃の実ではなくて、桃の種子と花です。桃の種子は"桃仁"といって生理不順の薬。桃の花は"桃花"といい、三月三日の日に桃の花を浮かべた酒を飲むと安産になるという言い伝えがあります。桃の薬効そのものに妊娠や安産といった意味が込められているのです。 Q お婆さんは、なぜ子供が産めないのですか? A それは、生理が無いからです。ところが桃を食べたお婆さんは、また生理が始まってしまった。そして、元気な男の子を産み、それが桃太郎になったとしたら……。めでたし、めでたし。

◆　　昔話と民間療法(猿蟹合戦) 　猿が柿の木に登って自分は赤い実を食べ、蟹には青い実をもぎ取って投げつけて蟹の甲羅を割ってしまう。蟹が泣いていると栗、蜂、牛糞、臼が味方して、猿の家に敵討ちに行きます。　この話だけ見ると、猿は相当な悪者です。自分は赤い実の美味しいところだけを食べて、蟹にはまずくて食べられない青い実を投げつける。　それでは、この話を民間療法的に解釈していくとどうなるのか。まずは、質問。 Q 蟹を食べるとどうなりますか? A 美味しくてよだれが出るという答えは、バツです。実は、人によってはアレルギー反応を起こして発疹が出ます。蟹以外でも魚介類では、エビ、サバ、サケ、アワビ、イクラなどで発疹が起こるケースがあります。さて、蟹を食べてアレルギー反応が起こったとしましょう。今だったら、病院に行くとか薬局で薬を買ってくるとかありますが、昔の人は柿を使った民間療法で治療しました。 Q 柿をどのように使うのですか? A 皮膚に柿の汁を絞って塗ります。柿の渋みにはタンニンという成分があり、炎症を抑える作用があるからです。実は、タンニンは熟した柿ではなくて未熟な渋柿に多く含まれています。猿はそのことを知っていて、未熟な青い実を投げたのです。しかし、手渡さないで木の上から投げつけたので、蟹の甲羅が割れてしまいました。そこで、敵討ちとして蜂が猿を刺します。 Q 蜂に刺されるとどうなりますか? A 赤く腫れ上がりますね。そこで、また民間療法が登場します。実は、栗にも渋みのタンニンが含まれていて、虫さされや漆かぶれに栗の葉を煎じた汁を使います。 Q では、牛糞は? A 牛糞には、患部を冷やして炎症を抑える働きがあります。戦国時代には、武士の骨折や打撲、捻挫に牛や馬の糞を塗って治療に用いました。 Q 臼の役割は? A 臼は、漢方薬を作るときに粉末状にするための道具です。例えば、柿の実や栗を挽く際に必要です。　以上をまとめますと、　蟹アレルギーに対して、猿は渋柿を使えばいいということを"暴力的"に教えたので、今度は仕返しに猿の体に蜂が刺してアレルギー反応を起こさせ、それには栗と牛糞を使えばいいということを"暴力的"に教えてあげた…というストーリーなのです。　おそらく昔の人は、皮膚に虫さされやアレルギー反応が起こったとき、「猿蟹合戦」の話を思い出し、渋柿の汁や栗の汁を塗って治療していたのではないでしょうか。いわば"生活の知恵"が、昔話を作った…ということです。 ▲up

◆　　温泉と聖徳太子　温泉における一番古い記述は、奈良時代に書かれた「日本書紀」の中に「成務天皇の頃、国造の大阿刀足尼が紀州・湯の峰温泉を発見し、以来"禊ぎの場所"となった」という伝承であります。禊ぎとは「神事を行う前に川の水などを浴びて、穢れを取る行い」を意味し，温泉が宗教的な行事と結び付いていたことをうかがわせます。　しかし飛鳥時代に入ると、温泉は今日のような"湯治場的な色彩"が強くなってきます。同じく「日本書紀」には、当時の都に近い有間(有馬)、牟婁(白浜)、熱田津(道後)の三古湯が、天皇や皇族の湯治場として利用されていた記述があります。　天皇では、631年に舒明天皇が有馬温泉へ湯治に出かけた記述が初見で、その後孝徳天皇や斉明天皇に関する記述、皇族としては聖徳太子が道後温泉へ出かけたという記述があります。　聖徳太子というと「手に杓を持った肖像画」が有名ですが、あの肖像画は聖徳太子の死後100年以上経った後に描かれたという説が今日では定説です。理由は、「彼の着ていた服は、奈良時代の服装で飛鳥時代には存在しなかった」というもので、本当はどんな顔をしていたのかも判っておりません。　聖徳太子の死因もはっきりしません。一説によれば、621年に生母が死去し、精神的なショックで病床に臥したとあります。翌年、太子の妃である膳大郎女に対し「自分は今夜死ぬので、一緒に死のう」と言い、二人は床を並べて寝、翌朝には目を開かなかった。夫婦の死体からは、芳香が立ち上っていたとありますが、そこまでいくとフィクションじみてきますね。享年48歳。　当時の日本人の死因のトップは、労咳(結核)で、そのほか天然痘や麻疹、赤痢などが猛威を振るっていました。生母の死のショックにより免疫力が低下し、何かの感染症にかかっていた可能性は否めません。


◆　　温泉と藤原道長　平安時代に入ると、貴族の日記にも度々温泉の記述が登場します。例えば、藤原実資の書いた「小右記」には、1024年に藤原道長が有馬温泉に出かけたという記述が見られます。藤原道長といえば、何といっても「望月の歌」が有名ですね。　　この世をば　　　　　わが世とぞ思ふ　　　　　　　　　　望月の　　　　　　　　　　　　かけたる事も　　　　　　　　　　　　　　　　無しと思へば　「自分の人生は、満月のごとくパーフェクトである」。一体この歌を詠んだのは、いつのことでしょうか? 正解は、1018年10月16日のこと。　なぜ道長は、この世の中が自分の世であると感じたのでしょう? 正解は、"一家三立后"を成し得たからです。"一家三立后"とは、一つの家から皇后(天皇の妻)を3人出したという意味で、すでに長女・彰子、次女・妍子は天皇の妻となっておりましたが、この年の10月、道長の三女・威子が後一条天皇の中宮となりました。「望月の歌」は、この時の喜びを表した歌として知られています。　しかし、人生とは分からないものです。道長は、その後、飲水病の病に苦しみながら9年後に亡くなります。飲水病とは「喉が渇いて渇いてしょうがない病気」、つまり糖尿病です。さらに「小右記」によれば、眼病(糖尿病性白内障)と胸痛(動脈硬化による狭心症)に苦しみ、救いを求めるために出家したとあります。さらに亡くなる2日前には、背中に出来た乳房ほどの出来物に医師が針を刺して膿を出すと大きな悲鳴を上げたといいます。臨終の際には、自ら建てた阿弥陀堂(法成寺)で阿弥陀仏の手と自分の手とを赤青黄白黒の五色の糸で結び、極楽浄土を夢見て死んでいったといいますから、人生の成功者でも病気には勝てなかったということ。くれぐれも健康には注意したいものです。

◆　　藤原道長と糖尿病　藤原実資の書いた「小右記」には、道長の病状について「昼夜(水を)多く飲む、口渇き力なし、食は減らず…」という記述が見られ、明らかに糖尿病であったろうということが推測されます。では、なぜ道長は糖尿病になってしまったのでしょうか。　一般に糖尿病(正確には、Ⅱ型糖尿病)の原因として、運動不足とカロリーの取り過ぎ(肥満)が指摘されています。まず「運動不足」についてですが、当時、貴族の交通手段は"牛車"しかありません。それも家来に引かせるものですから、道長に限らず多くの貴族が「運動不足」状態であったろうと思われます。　次に食生活です。平安貴族の食事については、「源氏物語」や「枕草子」などの記述からうかがい知ることが出来ます。主食は米で、こしきで蒸したものを"こわいひ(強飯)"、釜で炊いたものを"ひめいひ(姫飯)"と言いました。副食は、肉類、魚介類、野菜、海藻などですが、「源氏物語」には鮎、鮒、いしぶしなどについての記述が見られます。　当時の食事は、１日2回(巳の刻と申の刻)でしたから、相撲取りと同じく3食よりも太りやすかったと思われます。また間食として食べるお菓子(唐菓子)も"つばいもち"や"ふずく"など蜜で練り上げたものが多く、これもカロリーオーバーの原因となりました。さらに当時の酒は、今日で言う甘酒のようなもので、糖度が高く血糖値が上がる原因につながった可能性も否定できません。　一般の庶民は、結核、天然痘、麻疹などの感染症や脚気、雀目(鳥目)などの栄養障害が多かったのに対し、道長の場合は、今日で言う「生活習慣病」であった点で、やはり贅沢な食生活をしていたことが推測されます。　 ▲up

◆　　源頼光四天王と温泉　藤原道長に使えた武士としては、源頼光が有名です。頼光は、四天王を連れての「大江山の鬼退治」、いわゆる酒呑童子伝説で知られている人物です。　"四天王"と言うからには、4人の家来がいるわけですが、一番有名なのはやはり坂田金時(金太郎)。実は、金太郎には温泉にまつわる伝説がいくつかあります。　金太郎の母親の山姥は、なかなか子宝に恵まれませんでした。"山姥"という名前からしてもかなり高齢の女性だったと思われます。そこで山姥は、ある温泉につかって願をかけたところ金太郎を身ごもったという話が伝わっています。その温泉は、長野県にある田沢温泉。昔から「はらみの湯」あるいは「子宝の湯」として知られている温泉です。　またある時、金太郎は笹の葉で目を怪我してしまいました。山姥は、金太郎の目の怪我を治すために毎日温泉に連れて行って治したといいます。この温泉が、箱根にある姥子温泉です。山姥と子供の金太郎が通った温泉なので"姥子"なのです。　因みに姥子温泉の泉質は、酸性明礬泉。硫酸アルミニウムを主成分としていますが、明礬は皮膚や粘膜の炎症を抑える働きがありますので、目の炎症にも効果があることがわかります。　一方、四天王の一人、碓井貞光は、夢枕で山神から「この湯につかれば、すべての病を治す」というお告げを聞き、ある温泉を発見しました。　ところで「すべての病気」といいますが、病気の数はどのくらいあるのでしょうか? 現在、3万種類くらいあるだろうといわれています。しかし、神様のお告げでは「病気の数は、4万」。本当でしょうか? 　エイズ、エボラ出血熱、ラッサ熱、狂牛病、0-157…。以上の共通点は、近年新しく発見された病気です。鳥インフルエンザなども入るでしょう。WHOによれば、1973年から20年間に発見された感染症は30種類もあると報告されました。年々新しい病気が増えていっているわけです。　…ということは、神様のお告げの方が正しいのかもしれません。　では、碓井貞光が発見したという温泉はどこでしょうか? 正解は、群馬県にある四万温泉。すべての病気、つまり四万の病に効くから四万温泉なのです。因みに四万温泉は、昔から「胃腸の名湯」として知られています。

◆　　弘法大師の温泉　平安時代に入ると、高僧や神仏による温泉発見伝説が数多く誕生しました。これが「温泉が仏教普及活動の手段」として利用されることとなります。つまり、当時病気は僧侶が祈祷などを行って治療していましたが、それと同時に様々な薬草や温泉入浴を併用したのです。せっかく温泉に入るのであれば、高僧や神仏のお告げによって発見された温泉の方が霊験あらたか…という心理的効果を期待していたものと思われます。　僧侶では、弘法大師や行基にまつわる伝説が多いのも特徴です。　伊豆半島に行くと修善寺温泉という有名な温泉があります。言い伝えによれば、この地を旅していた弘法大師が、桂川のほとりで少年が父親の体を洗っている姿を目にします。話を聞けば「中風で倒れた父親の体を毎日川の水で洗っている」という。川に手を突っ込んでみると大変冷たい。こんな冷たい水では可哀想だと思った弘法大師は、手にしていた杖(独鈷)で岩を打ち抜き、温泉を湧かせたというお話です。

◆　　修善寺温泉　修善寺といえばもう一人、夏目漱石の話をしましょう。1910年のこと。漱石は胃潰瘍と診断されて、内幸町の胃腸病院にしばらく入院しましたが、のち医師の勧めで温泉療養をすることなりました。向かった先は、伊豆の修善寺。しかし、一向に胃の調子は良くならず、8月24日には大吐血をし、生死の境を彷徨いましたが、何とか一命は取り留めました。　9月26日の日記には「stressなき生涯、自己の好むままの心の働きを尽くして朝より夕に至る時間……」とありますが、実は「カナダの医師ハンス・セリエがストレス学説を提唱したのは、ずっと後のこと」であり、漱石がすでに"ストレス"と言う言葉を使用していたことは、心理学を学ぶ者の一人として驚嘆に値します。さらに彼の日記には「横に見る世界と竪に見る天地と異なる事を知る」と書かれています。おそらく「横に見る世界」とは、病床から眺めた世間のことでしょうか。人は、病に伏したことで、今まで見えなかった世界が見えてくるものです。　私もカウンセラーとして多くの方のお話にお付き合いをさせていただきました。がんの患者さんから「今年が最期の花見かと思うと、桜の花が黄金色に輝いて見えた」という話をお聞きしたことがあります。またある会社の社長さんが「社長をしていた頃は、毎日頭を下げにきていた人たちも、病に倒れ一線を退いたら、病院に見舞いにさえ来ない。世間はなんて薄情なのだろう」と嘆いていました。　またある主婦は「自分ががんになり、昔の家族に戻りました。夫も浮気を止め、家に戻ってきた、息子もフリーターから足を洗って真面目に働くようになった。今では、給料の一部を入院費として入れてくれる。昔の頃の家族にもう一度戻れるよう神様が自分にがんをプレゼントしてくれたのね」、そう言って涙を流しながらも笑っていた顔が、今でも脳裏に焼きついて忘れません。病気は「人生を改めて考えさせる処方箋」なのかもしれませんね。 ▲up

◆　　武田信玄と温泉　鎌倉から室町時代には、浄土宗、浄土真宗、一向宗、日蓮宗などの新興宗教の普及につれて、各地のお寺でも施浴、薬湯などが盛んになりました。室町時代に書かれた「蔭涼軒日録」には、有馬温泉の薬師堂で、庶民に宿を貸し、温泉に入浴させて二杯の飯を出したとあります。　戦国時代に入ると、傷病兵のリハビリにも温泉が使われました。特に武田信玄の隠し湯が有名で、判っているだけでも下部、川浦、増富、湯村、積翠寺、小谷、毒沢、中川、梅ヶ島、平湯等の温泉があります。　武田信玄といえば、もう一つ山梨県名物「ほうとう」が有名です。ほうとうは、戦いのときの陣中食でもあり、さらに味噌を丸めて干したみそ玉を非常食として家来に持たせました。　ご存知のように味噌は大豆を発酵させて作ったもので、栄養価も大変優れています。ただし難点は、塩分が多いこと。戦国大名は、戦いの際、塩分たっぷりの保存食を食べていたとされ、推定１日50gもの食塩を摂取していたのではないかともいいます。塩分の取り過ぎは、高血圧のほか胃がん、食道がんの原因となり、戦国大名に胃・食道がんが多いのもそのせいです。　1573年4月12日、信玄は信濃の国駒場で53歳にて死去しました。死因は胃がん、あるいは肺結核(持病の咳から、結核に感染していたのではないかと言われています)とされています。

◆　　将軍の平均寿命　江戸時代には、温泉を樽に詰めて将軍に献上する"献上湯"が盛んに行われました。1604年、徳川家康に熱海温泉の湯が献上されたのが始まりといわれ、五代将軍綱吉や八大将軍吉宗は、草津の湯を運ばせて江戸城内で入浴したという話が伝わっています。　さて将軍の平均寿命は、当時の平均寿命よりも長かったのでしょうか？「栄養状態が良かったので、当然長かった」という意見もあれば、「過保護に育てられたので、虚弱体質で感染症に弱かったのではないか」といった意見など様々です。　正解は？……というと、将軍の平均寿命は51.4歳。それに比べ、一般庶民の平均寿命が38歳ですから、「長いといえば、長かった」と言えるでしょう。しかし、基本的に将軍は赤ん坊や子供からは選ばれません。当時の平均寿命の低さは、幼少期における死亡率の高さが原因しています。それを考慮すると庶民とそんなに違いはありません。因みに21歳以上の庶民の平均寿命は男性61.4歳、女性60.3歳(江戸後期100年間)でした。余談ですが、徳川15代のうち一番長生きした将軍は、15代目の慶喜で享年77歳です。 ( 徳川将軍も脚気で死亡) 　１３代将軍・徳川家定は、元来病弱だったといわれていますが、１８５８年の春、脚気にかかり床に伏していました。奥医師・松本良順の吟味が行われ、将軍復帰は無理と診断。１７歳の家茂が将軍となりました。　脚気は当時欧米にはなく、米食をする東南アジアや日本特有の病気で、また「江戸煩い」とも呼ばれ、玄米ではなく白米を主食とする武士階級に蔓延した病気です。家定は７月３日に危篤状態となりましたが、死の知らせは１ヶ月間伏せられ、公表されたのは８月８日。　後を継いだ家茂は、皇女和宮を正室に迎えた将軍として知られていますが、１８６６年、長州征伐の途中、大坂城内で２１歳の生涯を終えています。松本良順の自伝には「主公脚気に罹り、心臓の内膜炎にして四肢指頭に麻痺あり」とあります。治療には、利尿剤と胸に膏薬を貼ったとありますが、特に回復する様子もなく死去されました。後に正室である皇女和宮も脚気にかかり、伊豆で療養しましたがその甲斐もなく死去しています。　将軍ばかりではなく、驚くことに明治天皇も脚気に病んでいました。1877年、大阪において西南戦争で傷ついた兵士たちを慰問していた際、脚気の症状である下肢の浮腫や倦怠感に襲われ、夜半には頻繁にこむら返り(転筋)が起こりました。「脚気には転地療養がいい」という洋方医からの提案もありましたが、彼はこれを拒否しています。その理由は定かではありませんが、「明治天皇記」には、天皇は洋方医嫌い、漢方好きだったという記述があります。

◆　箱根七湯　江戸から近い温泉地としては、箱根温泉があります。現在は、箱根16湯ですが、最初は"箱根7湯"で、これは江戸元禄年間に始まったものと伝えられています。麓の方から湯本、塔ノ沢、堂ヶ島、宮之下、底倉、木賀、芦之湯の順となります。　江戸文化年間には、『七湯の枝折』という絵巻物が描かれ、当時の箱根温泉を知る貴重な資料となっています。例えば、湯本温泉については「この地は東海道からわずか五丁ほどで、上り下りの旅客が訪ねてきて千里の労脚を憩い、伊勢講の団体や富士・大山の行者も二十人、三十人と泊まることがある」と記しています。また底倉温泉については「気味至って鹹し、熱湯なり」とあります。熱湯というのは、食塩泉には保温効果が高く、体の芯から温まることを指しているのでしょう。　底倉温泉と言えば"太閤の石風呂"が有名です。これは、豊臣秀吉が小田原城攻めの際、将兵を入浴させた話に由来するもので、石風呂というのは「石を室のようにして作ったサウナのような蒸気風呂」のことです。　"太閤の石風呂"が登場しましたので、「豊臣秀吉と健康」について、少しお話しましょう。　まず健康に対する意識ですが、秀吉は11人の番医を抱えていたという話があり、本人なりに健康に気を使っていたことは確かだろうと思います。　　　農民出身者だけあって、大好物は大根とゴボウ。また蒲鉾も好物であったようです。当時は「仙人の食べ物」と言われたそばがきを毎晩、夜食として食べていました。また朝鮮出兵の際には、精力剤として加藤清正にトラ退治をさせ、トラ肉の塩漬けを船で送らせましたが、肉が硬く腐敗しており下痢をしたようです。　晩年は、歯が弱ってお粥が常食に。脳梗塞が進行し、一過性能虚血発作で倒れた記録も残っています。また母親である大政所の死の知らせを聞いた時は失神し、気がついたらば小便を漏らしていたともいいます。　1598年、63歳で死去。死因は、肺結核だったともいわれ、息子秀頼はまだ6歳になったばかりでした。 ▲up

◆　松尾芭蕉と温泉　元禄2年(1689年)3月27日、松尾芭蕉は門人曽良を連れて江戸深川を後にしました。「片雲の風にさそはれて漂白の思ひやまず」と『奥の細道』には記していますが、けっして放浪の旅に出かけたというのではなく、ある程度のルートは事前に決まっていたようです。　芭蕉一行が、途中、立ち寄った温泉がいくつかあります。まず二人は4月中旬に那須湯本温泉を訪ねています。『奥の細道』では「殺生石は温泉の出る山陰にあり、石の毒気いまだほろびす」とあります。5月2日には、福島県の飯坂温泉に宿泊しています。その後、松島、平泉に立ち寄り、鳴子温泉郷を西へと日本海側へ向かいます。鳴子温泉は、なぜか素通りしてしまいますが、途中「蚤虱馬の尿する枕もと」という有名な句を詠んでいます。　その後、二人は最上川を下り出羽三山を登山した後、越後に入ります。途中にある温海温泉は、曽良１人で入浴しました。一行は7月下旬、加賀の山中温泉に到着しました。山中温泉では、和泉屋という宿に宿泊しながら長旅の疲れをゆっくりと癒したようです。『奥の細道』では、「かの桃源も舟をうしなひ、慈童が菊の枝折もしらず」と絶賛しています。山中温泉に入れば、「桃源郷に舟で行く必要もなく、菊慈童のように菊から垂れ落ちる露を飲んで不老不死を願う必要もない」ということでしょうか。　"菊慈童伝説"では、「菊の葉から垂れ落ちる露がやがて不老不死の霊薬となり、菊慈童はいつまでも少年の姿であった…」。まるでピーターパンのような話ですが、これを飲めば「いつまでも若く、健康でいられる」、そんな魔法の食品があれば良いのですが、残念ながら、現実にはありえません。健康は「バランスの取れた食事と運動、そして休養から生まれるもの」なのです。

◆　貝原益軒と温泉　貝原益軒は、福岡の黒田藩に仕えた儒学者であり、「養生訓」の著者としてよく知られています。享年85歳と当時としては長命で、82歳の時には「有馬湯山記」という温泉に関する書を著しています。記録によれば、彼は生涯に有馬温泉に3回ほど訪ねています。また84歳のときに書いた「養生訓」の中にも温泉に関する記述があります。例えば、温泉に入っても良い病気、悪い病気、良くも悪くもない病気があり、打ち身や落馬の後遺症、疥癬などの皮膚病、腫れ物といった"外症"には温泉が効果的であると述べています。　「養生訓」は、「食い合わせ」のような非科学的な記述も見られますが、今日においても「なるほどと頷ける内容」のものも沢山あります。「養生というのは、生まれつき持っている天寿を保つ道である」「人生は、百歳をもって上寿とする」「たとえ財産が手に入ったとしても、多病で短命であったら何もならない」「およそ欲多きのつもりは、身を損ない命失う。欲を少なくすれば、身を養い命を延ぶ」「腹を立てずに欲を少なくして、生き残っている体を養うとよい」「むやみに薬を使って病気を重くし、死んでしまう者も多い。薬を使うことには、用心しなくてはならない」「すべての食、淡薄なるものを好むべし。肥濃、油なるもの、多く食うべからず」「食後には必ず数百歩、歩行して気を巡らし、食を消すべし」「酒もほろ酔い加減に飲めば、長生きの薬となる」

◆　草津温泉とらい病　らい病の原因菌は、1873年にノルウェーのハンセンが発見したので、ハンセン氏病とも呼ばれていますが、昔は感染病であることがはっきりせず、遺伝病であるとも伝えられ、患者に対する差別が問題となっていました。　らい病そのものは、奈良時代から文献には登場しますが、江戸時代には、草津温泉が梅毒やらい病に効果があると宣伝されたため、わらをもすがる思いで、湯治をする人々が後を絶ちませんでした。もちろん、温泉によって梅毒やらい病が完治するわけではありませんが、皮膚症状などの改善にはそれなりの効果があったものと思われます。　らい病の戦国武将といえば、やはり大谷吉継でしょうか。関が原の合戦の際には、白い布で顔を覆い、輿に乗って部下を指揮しました。「西軍に勝利なし」とわかっていた彼が、なぜ西軍についたか。その理由は、明らかではありませんが、勝利よりも三成との友情を重んじたからという説があります。　織田信長主催の茶会の席でのこと。吉継に茶碗が回ってきたとき、その中に自分の膿を落としてしまいました。茶碗は次に廻されましたが、誰も気持ち悪がって飲もうとしません。しばしの沈黙の後、石田三成が「喉が渇いたので、飲ませてほしい」と申し出で、難なく飲み干してしまったとのエピソードが残っています。 ▲up

◆　幕末の人物と温泉　1864年、長州藩では、幕府と戦おうとする正義派と幕府に恭順の態度をとるべしとする俗論派に分かれていました。正義派の井上聞多(馨)は、ある夜、自宅に戻る途中で俗論派から襲撃を受け瀕死の重傷を負いました。一命を取り留めた井上は、九州の別府まで落ち延び、"柳の湯"という温泉で傷を癒したと言われています。　一方、新撰組の土方歳三が会津戦争で負傷した傷を癒したのが、福島県・東山温泉であったと伝えられています。　幕末の偉人・坂本竜馬は、1866年、京都伏見の船宿・寺田屋にいるときに幕府の捕り者に狙われ、危うく逃げ延びたものの、左手に大きな傷を負いました。西郷隆盛は、その話を聞いて、薩摩の霧島山中の塩浸温泉行きを竜馬に勧めました。そこで寺田屋の養女・お龍と結婚することを前提に新婚旅行のような形で薩摩に向かったといいます。　1867年11月15日、竜馬は中岡慎太郎と近江屋にいるところを襲撃されて亡くなりますが、あっさり切られてしまったことについては、突然の襲撃であったことのほか、その日は風邪を引いていて体調が優れなかったこと、また一説には実は"近眼"で夜はあまり目が見えなかった理由などが上げられています。　1854年、黒船とともに来航したペリーは、日米和親条約を締結して伊豆下田と北海道箱館(函館)に港を開くことを幕府に約束させました。　余談ですが、以前、某大学の入試問題・日本史に「ペリーが乗っていた船の名前は何か」という信じられないような問題が出ました。多くの受験生はヤケクソに「ペリー号」とでも書いたのでしょうが、正解はサスケハナ号。因みに「黒船4隻というのはウソで、2隻は蒸気船、あとの2隻は帆船でした。また蒸気船の名前は、サスケハナとミシシッピ。両者とも川の名前です。ペリーが浦賀に来航したときに乗っていたのはサスケハナでしたが、下田に行ったときはミシシッピに乗っていました。　さて、アメリカ渡航を企てた吉田松陰と金子重輔は、ペリーが下田港に停泊している近くまでやってきました。しかし、松蔭が疥癬という皮膚病になってしまったので、下田から近い蓮台寺温泉に湯治にきました。露天風呂に入っていると、村山という地元の漢方医が声をかけてきたので、松蔭は「宿を取りそこなったので、一晩中湯に入っているつもりだ」と答えました。人の良い村山は「それだったらうちに来なさい」と言い、彼らを数日間宿泊させています。　残念ながら、松蔭のアメリカ密航は失敗に終わりますが、命を顧みず日本の将来を憂い渡航を企てた二人に対し、ペリーは『日本遠征記』の中で「このような若者がいる国の未来は、なんと有望なものであろう」と賞賛しています。

◆　伊香保温泉　伊香保を愛し、これを舞台とした作品を残した文化人は多いが、伊香保に記念館が建てられたのは、徳富蘆花と竹久夢二の二人です。　徳富蘆花は、1898年、妻とともに伊香保から松島にかけて旅行しました。このときの体験を元に『不如帰』の冒頭場面を描いています。「上州伊香保千明の三階の障子開きて、夕景色をながむる婦人……」。因みに"千明(ちぎら)"というのは、伊香保にある旅館の名前で、若山牧水も水上温泉を訪ねる前に宿泊しています。『不如帰』は、蘆花が逗子で、とある女性から大山巌の令嬢の悲話を聞いた話を元に書き上げたものです。　逗子には4年間住んだ後、東京に引っ越しましたが、その後もたびたび伊香保を訪れています。1927年、蘆花は心不全と腎不全のため、危篤に陥ってからは、彼自身のかっての希望により、医師、看護婦、妻の付き添いのもとに伊香保に行き療養しました。しかし、その甲斐もなく2ヵ月後に他界しました。　「自殺(未遂)は繰り返す」という言葉がありますが、その代表的人物といえば太宰治でしょうか。彼の自殺未遂の始まりは、旧制弘前高校時代に遡ります。カルモチンを服用し自殺を図りましたが、失敗。翌年、東京大学文学部に入学しましたが、銀座のカフェの女給・田部あつみと知り合って3日後に鎌倉の七里ガ浜で心中を企てましたが、女性のみ死亡しました。　1935年には、文芸春秋社が芥川賞を制定。太宰も第一回目の候補者に上がりましたが、落選。翌年、睡眠薬中毒を治す目的で谷川温泉へ湯治に行っているときに第3回芥川賞でもまた落選したことを知り、大いに落胆しました。　1931年に小山初代と結婚をし、それから6年後に群馬県の谷川温泉で初代と心中を図りましたが、このときは二人とも死に切れなかったようです。この様子は、後に小説『姥捨』の中に描かれています。それによれば、山に入りたっぷりと睡眠薬を飲んで、首には帯を巻きつけて首が絞まるようにセットしましたが、二人とも途中で目を覚ましてしまった。そして、東京に戻ってからは離婚。離婚する相手と心中を図る太宰治の気持ち……う-ん、良くわかりません。

◆　　玉川温泉と岩盤浴　秋田県と岩手県にまたがる八幡平高原には、多くの温泉が点在します。その中でも特に有名なのが、玉川温泉とそこに産出する"北投石"です。　"北投石"とは、ちょっと変わった名前ですが、1907年に台湾の北投渓で最初に発見されたためにつけられたものです。硫酸鉛と硫酸バリウムの結晶からなる石で、ラジウムやトリウムなどを含み放射能を帯びています。ただし、この放射能はあまり強いものではなく、温泉自体も放射能線ではありません。人は、多量の放射能を浴びると大変な危険にさらされますが、微量の放射能の場合は、逆に体内の細胞を活性化させます。これを"ホルミシス効果"と呼びます。玉川温泉や三朝温泉の人気の秘密は、こういったホルミシス効果にあります。　なぜ微量の放射線が健康に良いのかは、はっきりしていませんが、がん抑制遺伝子であるP53やヘルパーT細胞を活性化させるのではないかとも言われています。微量といっても定義が難しいのですが、実験によれば0.5～0.01Gyぐらいの低線量ではないかということです。 ▲up

◆　　山上憶良の病気　瓜食めば子ども思ほゆ　栗食めばまして偲はゆ　何処より来たりしものそ眼交（まなかひ）に　もとな懸かりて　安眠し寝さぬ　銀も金も玉も何せむに勝れる宝子にしかめやも　「子宝」という言葉がありますが、山上憶良は、まさに子宝という言葉の"生みの親"とでも言ってよいでしょうか。憶良の父親は、朝鮮半島の百済からやって来た渡来人だろうと伝えられており、古くから土着していた豪族のように伝統ある家柄の出身ではありませんでした。彼の出世は、42歳のとき、遣唐使の１人に選ばれたことからスタートします。55歳になって、ようやく官位が従五位下となり、67歳で筑前国の国守になりました。彼の歌は、この頃に作ったものが一番多く、また最も味わいのある作品でもあるといわれています。　死亡年齢が74歳ですから、当時としては長命な方ですが、彼にはリウマチという持病がありました。はっきりとリウマチとは明言できませんが、彼が作った歌の内容から病気について窺い知ることが出来ます。　『痛き瘡（きず）に塩を灌（そそ）ぎ、短き材の端を截（き）る』といふは、この謂なり。四支動かず、百節皆疼（いた）み、身体太（はなは）だ重く、なほ釣石を負へるが如し。布に懸（かか）りて立たむと欲すれば翼折れたる鳥の如く、枝に倚（よ）りて歩まんとすれば、足跛（ひ）ける驢（うさぎうま）の如し(万葉集第五巻) 　"一病息災"という言葉がありますが、リウマチという持病が合ったからこそ、山上憶良は健康に気を使い、長生きが出来たのではないか、などとも推測されます。　山上憶良がリウマチではなかったか、というお話をしましたが、次に印象派の画家・ルノアールがリウマチであったという話をします。　記録によれば、リウマチの徴候が現れたのは、57歳の時。何度も治療を試みましたが、徐々に脚が不自由に。70歳頃には脚だけではなく、手も麻痺して不自由になりました。それでも78歳で生涯を閉じるまで筆を休めることはなく、名作を作り続けました。晩年の10年間は車椅子の生活で、指は曲がり変形し、筆を握るとただれが起こりました。亡くなる3年前の写真には、変形した指の間に絵筆を挟み、キャンバスに向かう姿が写っています。外科手術を受けた際、見舞い客が持ってきたバラの花をベットの上で描いたというエピソードも残っています。　フランスの画家・デュフィーもリウマチに苦しみました。一時は、ステロイドを求めてアメリカに渡り、常用することに。かなり病状は良くなりましたが、アスピリンとの併用で大喀血して亡くなりました。　現在、国内におけるリウマチ患者の発生率は0.3%(男性に比べ、女性は4倍)。早期治療で2/3は改善。15%は寛解し、50%の人は日常生活に支障のないところまで回復しますが、薬がうまく合わない方、また薬の副作用で肝機能障害や胃出血、心筋梗塞などで亡くなる方もいらっしゃいます。近年、白血球除去療法が注目されていますが、それでも改善率は7割と厳しい現実があります。

◆　　天皇の病気　2007年6月12日、皇太子さま(47歳)が東大付属病院を退院。十二指腸の良性腫瘍の摘出手術に成功されました。十二指腸腫瘍といえば、昭和天皇が亡くなられたご病気(十二指腸乳頭周囲腫瘍、すい臓がん)でもあり、また平成天皇が2003年に東大病院で前立腺がんの手術を受けたことは、記憶に新しいことと思います。　「天皇は現人神」という話は過去のもので、現在の天皇陛下は、前立腺がんや大腸ポリープ、前庭神経炎などに悩まされ、皇后さまも子宮筋腫やヘルペス、失声などのご病気を患いました。　歴代の天皇の病気について調べると、次のようなことが分かりました。・天然痘に罹った可能性が高い…敏達、用明、推古、醍醐、朱雀、村上、一条、白河、堀河、鳥羽、崇徳、近衛、六条、高倉、後鳥羽、土御門、順徳、後嵯峨、亀山、後宇多、光厳、崇光、後水尾、東山、桜町、光格天皇など・マラリアに罹った可能性が高い…円融、後白河、後深草天皇など・肺炎に罹った可能性が高い…堀河、後醍醐、大正天皇など・糖尿病に罹った可能性が高い…後一条、後白河、明治天皇(糖尿病性腎症、敗血症)など・脚気に罹った可能性が高い…花園、霊元、桜町、桃園、明治天皇など・心不全に罹った可能性が高い…花園、桜町、桃園天皇など・脳卒中に罹った可能性が高い…正親町、光格天皇など　さて歴史上、一番長生きした天皇は？……というと、景行天皇と仁徳天皇が143歳、神武天皇127歳と続きます。しかし、これは物語上でのお話。実際には、昭和天皇の87歳がトップ、続いて後水尾天皇の85歳です。

◆　　温泉の歴史　日本は、温泉地の数が3000以上と世界一、温泉利用者数も年間延べ１億3000人と世界有数の温泉大国です。　温泉の歴史は古く、最も古い記述は奈良時代に書かれた『日本書紀』に「成務天皇の頃、国造の大阿刀足尼が紀州・湯の峰温泉を発見し、以来"禊ぎの場所"となった」という伝承があります。禊ぎとは「神事を行う前に川の水などを浴びて、穢れを取る行い」を意味し，温泉が宗教的な行事と結び付いていたことをうかがわせます。同じく『日本書紀』には、当時の都に近い有間(有馬)、牟婁(白浜)、熱田津(道後)の三古湯が、天皇や皇族の湯治場として利用されていた記述があります。　平安時代に入ると、高僧や神仏による温泉発見伝説が数多く誕生しました。これが「温泉が仏教普及活動の手段」として利用されることとなります。つまり、当時病気は僧侶が祈祷などを行って治療していましたが、それと同時に様々な薬草や温泉入浴を併用したのです。せっかく温泉に入るのであれば、高僧や神仏のお告げによって発見された温泉の方が霊験あらたか……という心理的効果を期待していたものと思われます。僧侶では、弘法大師や行基にまつわる伝説が多いのも特徴です。　鎌倉から室町時代には、浄土宗、浄土真宗、一向宗、日蓮宗などの新興宗教の普及につれて、各地のお寺でも施浴、薬湯などが盛んになりました。室町時代に書かれた『蔭涼軒日録』には、有馬温泉の薬師堂で、庶民に宿を貸し、温泉に入浴させて二杯の飯を出したとあります。戦国時代に入ると、傷病兵のリハビリにも温泉が使われました。特に武田信玄の隠し湯が有名で、判っているだけでも下部、川浦、増富、湯村、積翠寺、小谷、毒沢、中川、梅ヶ島、平湯等の温泉があります。　江戸時代には、温泉を樽に詰めて将軍に献上する"献上湯"が盛んに行われました。1604年、徳川家康に熱海温泉の湯が献上されたのが始まりといわれ、五代将軍綱吉や八大将軍吉宗は、草津の湯を運ばせて江戸城内で入浴したという話が伝わっています。　これまで特権階級の娯楽とされた湯治は、江戸時代に入ると一般大衆化しました。特に熱海、箱根、草津などの人気が高かったようです。庶民は、お伊勢参りの行き帰りに寄り道して湯治を楽しむこともあったようで、『東海道中膝栗毛』には、弥次さん、喜多さんがお伊勢参りの道中に草津温泉に一泊したという記述があります。　このように日本人は古くから温泉に親しみ、行楽や湯治場として利用してきましたが、温泉の効用には次のようなことが挙げられています。 1、保温効果……温泉の成分が、皮膚のタンパク質や脂肪分と結合して薄い膜を作るため、体を冷めにくくする 2、血行促進効果……体温が上昇することで、血行が良くなる 3、代謝促進効果……循環器・消化器系の機能を高め、新陳代謝を活発にさせる 4、疲労回復効果……血液におけるアルカリ度を高め、血中酸素量を増加させる 5、免疫力向上効果……長期の湯治により、白血球が増加して免疫活性化を促す 6、運動機能回復効果……首までつかると体重が1/9となり、リウマチや関節症などのリハビリに役立つ 7、化学的効果……温泉に含まれる成分が薬効となり、心身の健康にプラスに働く 8、リラックス効果……ぬるめの湯にゆっくり浸かると副交感神経が高まり、ストレスを解消させる。 9、転地効果……日常生活から離れることで気分転換となる ▲up

◆　　日本人の平均寿命　現在、日本の男性の平均寿命は７８歳、女性が８５歳と世界でトップの平均寿命ですが、昔の日本人の平均寿命はどのくらいだったのでしょうか。調べてみると、縄文時代の人は１５歳前後、奈良～平安時代は３０歳前後と短命でした。一方、藤原氏など貴族の男性の平均寿命は６０歳前後、女性は５２歳前後と一般人に比べて栄養状態が良いせいか、当時としては長生きの傾向が見られます。鎌倉～室町時代では、３５歳前後。北条執権の平均寿命が４７歳、戦国大名は６０歳前後ですので、やはり階層の上位の人の方が長生きの傾向にあります。江戸時代の平均寿命は３８歳前後。徳川将軍の場合は、５１歳です。明治～大正時代は、４３歳前後です。　１９０１年当時の戸籍調査によれば、男性の平均寿命が４４．０歳、女性は４４．４歳となっています。また男性の平均身長は１５５センチ、体重４７キロ。女性は１４２センチ、４４キロと今の日本人に比べてかなり小柄でした。因みに明治２５年(1892年)生まれのきんさん、ぎんさんの身長は１３６センチ、体重３０キロ。二人とも農家に嫁ぎ、きんさんは１１人の子供を、ぎんさんは６人の子供を出産。７０歳ぐらいまで農作業をしており、好物はさしみ。塩分は１日５グラム以下で、間食はせず、５００メートルほどの距離を15～30分かけて散歩するのが日課だったそうです。

◆　　春日局が考案した七色飯　少年時代の徳川家光は食が細く、貧弱なところがあり、父親の二代目将軍・秀忠も母親のお江与の方も２歳年下の国松を世継ぎにしようと考えるようになりました。それを案じた春日局は、駿府に隠居中の家康に直訴をし、三代将軍に家光が就任することに決定しました。　将軍に就任してからも家光のわがままは治らず、いつも気分が優れないと言っては朝食を拒否します。そこで春日局は、老中を呼んで「七色の飯」を作るように命じました。七色飯とは、菜飯、赤小豆飯、麦飯、粟飯、湯取り飯(米飯が沸騰したところでザルに取り、粘り気を除いてからさらに蒸したもの)、引割り飯(白米の粒を引き割りにしてから炊いたもの)、干し飯(白米飯を水で洗ってから干し上げたもので、食べる時は熱湯に浸して食べる。元来は、陣中で食べる兵糧)。以上の中から毎食ごとに１種類だけ選択して食べます。副食は一汁の他に焼き魚や野菜の煮物、それに卵料理と香の物が付きました。　一方、春日局は、生涯を玄米飯と味噌汁、イワシ、漬物で通し、１６４３年に６５歳でこの世を去りました。

◆　　沢庵和尚と徳川家光　沢庵和尚は、柳生宗矩の師として知られた人物ですが、沢庵づけの創始者としても知られています。　１６３８年、三代将軍徳川家光が品川に創建した東海寺に入り住むことになったある日のこと。家光が「何を食べても味がなく美味しくない。何か美味しいものはないか」と沢庵に言った。すると沢庵は「明日、愚僧の所へ来て下さい。天下一品を差し上げましょう」と答えました。翌日、家蜜が雪の中を訪ねていくと、茶室に通されたきりでいくら待ってもご馳走は出ない。６，７時間経って、ようやく和尚が姿を現し「沢庵手製の料理です」と言う。膳を見ると一椀のお茶漬けと、黄色い小片３切れほどを乗せた皿があるだけで、あとは何もない。腹ペコの家光は、待ちきれずに食べだしたが、その黄色い小片が実にうまい。これが沢庵が創案したといわれる沢庵づけの由来となったという話です。　 ▲up

◆　　忍者の携帯食　忍者の歴史は奈良時代まで遡りますが、最も活躍したのは戦国時代。主なものでは小田原北条氏の風魔一族、武田氏の乱波と三つ者集団、上杉氏の担猿(のきざる)、そして徳川氏の伊賀忍者といったところでしょうか。　忍者は、鉄鍋でカラカラに炒った大豆を常に小袋に入れて携帯し、お腹が空いた時は奥歯でカリカリと噛み、またスルメを噛むことで脳への刺激を高めていたとも言われています。徳川家康が本能寺の変の後、伊賀忍者の力を借りて堺から三河への強行軍を行った「伊賀越え」は有名ですが、このとき、大阪・佃村の住民が提供した魚や貝を塩茹でにした干物、これが後の「佃煮の原型」になったとも言われています。後に家康は、佃村の住民を江戸の佃島に移住させたことにより佃煮が誕生しました。　伊賀の名産品の一つに「かたやき」があります。小麦粉を原料にして砂糖で味付けしたお菓子ですが、名前の由来はその堅さにあります。かたやきは「二度焼き」という意味を持つビスケットのように、焼き締めることで保存性を高めているのですが、元来は伊賀忍者が保存食として食べていたものです。　「飢渇丸（きかつがん）」は、甲賀忍者が愛用したと言われている忍者食です。「一日三粒飲めば心力衰えることなし」とも言われ、朝鮮人参のほかユキノシタやカンゾウ、ヤマイモなどの滋養強壮薬が含まれています。　忍者になるには「五遁の術」をすべて身につけていなくてはいけません。五遁の術とは、木遁の術(木にすばやく登って姿をくらます)、火遁の術(火薬を利用して相手の目をくらます)、土遁の術(土や泥をかぶって姿を消す)、金遁の術(刀や鏡を用いて反射光で相手の目をくらます)、水遁の術(竹の筒を口にくわえて水中に姿を隠す)を言います。

◆　　初物７５日　最近、マグロの漁獲量が減って値段が上がっているだけではありません。原油の高騰により、遠洋に出航するマグロ漁船が減り始め、国内ばかりか台湾のマグロ漁船まで出航を取りやめているため、ますます日本国内へマグロが入りにくくなったとさえ言われています。高級魚といえば、今はマグロですが昔はカツオでした。　昔は「初物七五日」といって、初物を食べると７５日長生きでいられるといわれてきました。初物といえば"初ガツオ"が有名で、江戸っ子は借金してでも初ガツオを逃がさないことを自慢していました。当時いくらしたのかというと、文化・文政期の頃で１本３両。現在の金額で２１万円といったところでしょうか。野菜でも魚でもそうですが、旬の時期というものがあり、その時期のものは栄養価が高かったり脂が乗っていたりしますので、美味しさや健康面でプラスになることは否定できません。　脂が乗るといえば、秋のサンマでしょうか。８月頃のものは脂肪分が10%ぐらいしかありませんが、１０月頃になると20%にまで増えます。この時期は産卵の時期でもありますが、産卵が終わった１２月を過ぎると脂肪分は5%まで落ちてしまいます。この秋至高の美味に驚いたのが「目黒のサンマ」に登場するお殿様で、モデルは徳川家光とも松平出羽守とも言われていますが、鷹狩りに行った先の目黒で食べた焼きたてのサンマの味に感激し、城に帰って所望したところ、まったく期待外れだったので「サンマは目黒に限るのぉ」と言ったとか……。　江戸時代には、旧歴１０月２０日のえびす講の日に、神棚にサンマをお供えして、家族全員でサンマを食べる風習がありました。当時は、房総沖で取れたサンマに塩を振ってから快速船で日本橋にある魚市場に運ばれましたが、その間、１日波に揺られて塩がよくなじんだため、江戸っ子は「ハンジョ(半塩)のサンマ」と呼んで舌鼓を打ったといいます。

◆　　人類の進歩は豊かな食生活にあり　人類が類人猿から知能を発達させてきた理由は、豊かな食生活による脳の進化にあるそうです。北京原人は、すでに「火の使用」を知っていました。火を使うことで"殺菌する"、"柔らかくする(消化をよくする)"、"味をよくする"、"保存する(燻製など)"といった効果が得られるからです。　縄文人の食生活は、貝塚に捨てられたものから調べることが出来ます。わかっているだけでもイノシシ、シカ、野ウサギ、クマ、キツネ、タヌキなどの哺乳類約60種、キジ、カモ、ハト、カラスなどの鳥類10数種類、マグロ、カツオ、イワシ、タイ、アジといった魚類約40種、アサリ、ハマグリ、シジミ、カキなどの貝類約300種と我々の想像をはるかに超えた豊富な食材に驚かされます。　現在の人類は？というと、哺乳類20種、鳥類80種、魚類200種、貝類270種、海藻類90種のほか、植物(野菜・果物類)等で合計1500種余りの食材を食しているといわれています。 ▲up

◆　　その後の昔話金太郎は５５歳で死んだ　源頼光の家来となり、大江山の酒呑童子を退治した金太郎(坂田金時)は九州の筑紫に向かう途中、雪と寒さに行く手を阻まれ美作(今の岡山県)にしばらく滞在することとなりました。この地で金太郎は熱病にかかり、頼光らの看病の甲斐もなく、５５年の生涯を閉じたといわれています。現在、岡山県勝央町にある栗柄(くりから)神社が、金太郎を葬った場所だとも伝えられています。浦島太郎は一番長生き　室町時代に書かれた『御伽草子』によれば、年の頃は24、5歳の若者が竜宮城で3年間を過ごし、故郷に帰ってみたら700年も経っていたという話。従って、浦島太郎の推定年齢は725歳ということになります。伝説上の人物(日本)では一番長生きとされていますが、ある人から次のような質問をいただきました。「伝説上の人物で一番長生きをしたのは、浦島太郎ではなく、八百比丘尼ではありませんか?」八百比丘尼というのは、福井県に伝わる伝説上の人物で、人魚の肉を食べて800歳まで生きたとされています。確かに浦島太郎よりも長生き……といいたいのですが、実は浦島太郎は故郷に帰りおじいさんになって死んだのではないんです。　『御伽草子』によれば、玉手箱を開けたところ紫色の煙が立ち上り、浦島太郎は(おじいさんではなくて)鶴になり、亀(乙姫様の化身)のところへ飛んでいった。そして、夫婦仲良く暮らしたとあります。つまり、万年も生きる亀を助けた浦島太郎は、そのお礼に"千年の寿命(鶴は千年)"を与えられたのです。仏教話でよくあるパターンの「因果応報思想」が背景にあります。わたしは、『御伽草子』の作者は、仏教に帰依する五山文学の僧侶ではないかと推理しています。かぐや姫のおみやげ　平安時代に書かれた『竹取物語』には、かぐや姫が月に帰っていった後の話が記載されています。　かぐや姫は、自分にプロポーズしてくれた帝(天皇)にお詫びの手紙と不老不死の薬をおみやげに残していきます。しかし、帝は「かぐや姫がいないのでは、長生きしてもしょうがない」と言い、家来に命じてこの世で一番月に近い場所で手紙と不老不死の薬を燃やさせました。この世で一番月に近い場所……それは、日本で一番標高が高いところ、つまり富士山の頂上。竹取物語には、"不死"の薬を燃やした山なので"不死山"転じて"富士山"と呼ばれるようになったとあります。そして、今でも山頂から薬を燃やした時の煙が立ち上っている……つまり、当時は富士山がまだ活火山で、噴煙を上げていたことが伺えます。因幡の白兎　オオクニヌシの一行が、因幡の国（今の鳥取県東部）に向かう途中で、ワニザメに皮を剥かれて泣いている白兎を見つける。心優しいオオクニヌシは「真水で身体を洗い、蒲の花を敷いた上に寝転べば治りますよ」と教えてあげる。早速兎が試してみると本当に治ってしまった、という話は知られていますが、さてその後は……。　オオクニヌシの二人の兄は、ヤガミ姫のところへ行き結婚を申し込んだが、ヤガミ姫はなんと結婚相手に弟のオオクニヌシを選んでしまう。気に入らないのは、兄貴二人。そこで、オオクニヌシをイノシシ狩りに誘い出し、イノシシと偽って崖から真っ赤に焼けた石を落として殺害を図る。彼は、全身大火傷を負いましたが、そこにキサガイ姫とウムガイ姫が現れ、献身的な介抱で息を復活させました。めでたし、めでたし。桃太郎にクレームがついた　我々が知っている桃太郎話は、明治時代に巌谷小波が書いた『日本昔噺』が基になっています。子供向けの本なので、残虐なシーンや教育上望ましくないような内容はカットされたり修正されています。例えば『カチカチ山』では、おばあさんがタヌキに殺さればばあ汁にされてしまう……などの話はカットされています。さて巌谷小波が書いた『桃太郎』話、最初にクレームをつけたのが福沢(諭吉)先生でした。福沢先生は、次のように主張します。　「桃太郎が悪いことをした鬼を退治するのは、問題ない。しかし、鬼の財産である宝物を持って帰るという話には納得がいかない。宝物は鬼のものである。これではまるで泥棒を奨励しているのではないのか」福沢先生は、教育上最後のシーンは望ましくないと主張しました。しかし、悲しいことに桃太郎話は戦時中、敵国(鬼)を攻めて領土(宝物)を奪うといった軍事教育に利用されてしまいました。

◆　　こけしの謎こけしの歴史　ご存知のように、こけしは女の子の絵柄をあしらった木製の人形玩具です。歴史的には、江戸時代末期（化政文化期）頃から、東北地方の温泉地において湯治客用の土産物として売られたのが始まりと言われています。こけしの名称は、各地によって異なっており、「きでこ」「でころこ」「きぼこ」「こげす」「けしにんぎょう」などと呼ばれていますが、1940年に東京こけし友の会が「こけし」という名称を用いたため、現在ではこの名称で統一されています。　一説には、こけしは「子消し」と表記して、「水子供養に用いられた」のが名前の由来……という説があります。その理由として、 1、主産地が東北地方であること(江戸時代には飢饉が多く、子供の間引きが行なわれたこと)。 2、温泉地の土産物であること(温泉に入ると水圧などの関係で、流産しやすくなる？) 3、顔は、女の子であること(労働力となる男子よりも、女子の間引きが多かったこと) 4、模様は、菊の花が多いこと(死者の供養に菊の花を添えること) 　確かに頷けるような説です……。しかし、こけしの歴史や名称のいわれなどからすると、やはり「後からのこじつけ」であると考える方が無難です。　それでは、こけしが作られるようになった背景には、何があるのでしょうか。まず一つには、江戸時代末期には庶民の間にも「湯治を楽しむ習慣が定着した」ことです。湯治は、日頃の厳しい作業の疲れを癒し、また人々とのコミュニケーションを楽しむ重要な年中行事の一つでした。旧暦1月末の「寒湯治」、田植えの後の「泥落とし湯治」、8月の「土用の丑湯治」など、少なくとも年に２～３回は湯治を行っていたようです。　もう一つは、こけしは「赤物」の一つだということです。赤物とは、赤い染料を使った玩具や土産物のことで、「赤色は疱瘡（天然痘）から身を守る」とされ、子供の玩具として好まれました。赤物の生産が最も盛んな地域は、小田原から箱根にかけての一帯で、その手法が江戸の末期頃、東北にも伝わりました。東北の農民がお伊勢詣りや金比羅詣りに行った道すがら、小田原、箱根の木地玩具（赤物）を見るようになったのが契機といわれ、東北の湯治場でも赤物のこけしが作られるようになったというわけです。赤色のパワーとは　歴史的に見ると、こけしは当時の人々が恐れていた「疱瘡（天然痘）から子供を守る」ために買い求めたものであると考えられます。昔の人は、病気は悪霊の憑依によってもたらされるものと考えていました。そこで悪霊を追い払うパワーを「赤色」に求めたのです。なぜならば、赤色は血の色です。人は怪我をすると出血して死を迎えます。つまり体内の赤色が抜けると人は死ぬ。だったら赤色を逆に入れ込めば、死から免れるのではないか……そう考えたわけです。『南総里見八犬伝』の著者である滝沢馬琴は、６５歳の時、孫が天然痘にかかりました。そこで彼は孫が寝ている部屋を赤色で統一し、赤い着物を着せて治したといわれています。　赤色によって病魔を防ぐ風習は、他にも沢山あります。還暦祝いに赤いチャンチャンコを着る風習。子供が生まれると赤い牛の玩具(赤ベコ)を購入し、子供のいる部屋に飾る風習。お正月に赤い色のダルマを購入する風習……など、赤色は魔よけの色として、また病気を防ぐ色として愛用されてきました。確かに赤い色を見ていると、交感神経が高まってきますので、元気が出ることは事実です。なんとなく元気がない時、スタミナ不足を感じている時などは、積極的に赤色を身につけると良いのかもしれません。

◆　　坂本龍馬の体格　幕末当時、日本男子の平均身長が１５０センチ台だったのに対し、坂本龍馬の身長は５尺７寸（１７３センチ）とも６尺（１８２センチ）とも伝えられ、長い間大男だったとされてきました。　しかし、山梨県甲州市塩山在住の郷土史研究家・矢崎勝巳さんは、写真から体格を測定する方法を考案し、その結果、龍馬の「身長を１６９センチ、体重を６２・１キロ」と算出しました。矢崎さんは、当時の着物の襟幅が６センチと６・５センチの２種類しかないことに着目。もし６センチとすると背が低くなりすぎるため、６・５センチとして龍馬の立位の肖像写真を基に算出。また体重については、龍馬のＢＭＩ指数を標準体形の「１８・５以上２５未満」と仮定し、標準値の平均２１・７５を基に試算しました　高知市にある高知県立坂本龍馬記念館では、龍馬の身長を１７３センチと紹介しています。これは、歴史研究家・平尾道雄の著書「龍馬のすべて」の中で、土佐藩出身で宮内大臣を務めた田中光顕が龍馬を「５尺７寸」と説明した記述が根拠だそうです。

◆　　日本犬のルーツ　「裏の畑でポチが鳴く、正直爺さん掘ったらば……」。さて、このポチは何犬なのでしょうか？　昔話研究家の私の答えは、柴犬。詳しい説明は省きますが、日本犬には柴犬のほか、北海道犬、秋田犬、甲斐犬、紀州犬、四国犬などがいます。縄文時代の遺跡からは犬の骨が出てきますので、日本犬のルーツはこの"縄文犬"ではないかといわれています。　では、縄文犬のルーツは何犬なのか？　岐阜大学・田名部雄一名誉教授は、日本犬の血液を採取し、それを電気泳動にかけて血液中のたんぱく質の違いから遺伝子構造を解明したところ、西洋犬と日本犬とでは「ヘモグロビンのタイプ」などが大きく異なり、日本犬のルーツは西洋犬にはないことが分かりました。さらに台湾の高砂族が昔から飼っている台湾犬の血液型は北海道犬に近く、韓国の珍島で古くから飼われている珍島犬の血液型は、北海道犬以外の日本犬に大変近いことが分かりました。またモンゴル犬の血液型も、日本犬に近いことがわかりました。　このことは、一体何を意味するのでしょうか？　犬がひとりで海を渡って日本に来るわけは無いので、台湾人や韓国人が海を渡って日本に移住する際、一緒に犬を連れてきたことに他ならないわけです。その後、縄文時代後期には、稲作文化を持った中国人が日本列島へと移住し、日本人の原型が出来上がりました。我々日本人は、多くのアジア人とは元々兄弟なのです。いつかきっとお互いの国同士が仲良くなれる日が来ることを願って止みません。

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